上信越高原国立公園志賀高原地域の概況
1. 景観の特性
(1) 地形・地質
本地域は、その中心に標高 2,035.7mの志賀山をはじめ、鉢山、笠ヶ岳、東館山等が近接し、南は横手山から白根山方面に連なり、北東は岩菅山及び本地域の最高峰である裏岩菅山、北方は焼額山からカヤノ平を経て毛無山へと連なり、北北東には雑魚川を隔てて台倉山から遠見山の稜線が鳥甲山まで連なる起伏に富んだ地形です。
志賀高原の中核に位置する志賀山の噴出物等は下流の谷を埋め、その後の浸食を受けて幕岩等の急崖や潤満滝、鳴洞滝を形成しています。火山活動の結果形成されたカルデラでは凹凸が生じ、多数の池及び湿原が創生されました。岩菅山の南東域では、魚野川が岩菅山南東側を開析して両岸が切り立ったV字峡谷が形成され、また、カヤの平は本地域では珍しい噴出物に起因した平坦な地形を呈しています。
また、本地域は降雪量が多いことから、標高 2,000m 前後の山地には降雪による地形が形成されています。例えば、岩菅山稜線東側では積雪に起因するカール地形、鳥甲山東壁急斜面には雪崩で形成されるアバランチシュートが特徴的です。
本地域は、新第三紀中新世のグリーンタフと呼ばれる緑色凝灰岩類を基盤とし、その上位を第三紀鮮新世の高井火山岩類が被覆しています。さらに第四紀更新世前〜中期の火山活動による噴出物が火山の形状を一部で残して被覆しています。噴出物の多くは安山岩質ですが、玄武岩質から石英安山岩質まで変化に富んでいます。また、魚野川流域のうち、低標高域は 本地域の基盤をなす第三紀中新世のグリーンタフと呼ばれる変質を受けた海底火山噴出物及び深海底堆積物が見られ、山体の高標高域は基盤岩を広く被覆する安山岩等の火山岩類です。
注目すべき地形・地質として、志賀山の噴火によって形成された渦巻き溶岩流のほか、溶岩が冷え固まる際に生じる柱状節理があり、本地域西側を流下する角間川の浸食により露頭 した急崖である幕岩のほか、岩菅山の山稜下部、鳥甲山南東部の急崖である布岩や稜線の東 側急斜面部に見られます。
(2) 植生
本地域は、日本海に近く、標高が 1,000m以上の地域に位置することから、比較的低標高域のブナ、ナラ等を中心とした植生から、高標高域のオオシラビソやコメツガ等の針葉樹林、 並びに広葉樹のダケカンバまで連続的な分布が見られます。 また、標高 2,000m付近の稜線等ではハイマツ帯が見られ、森林限界より高標高域では高山植物の群落が形成されています。
岩菅山南東の魚野川源流域には手つかずの状態で残されている広大なブナまたはオオシラビソ等の原生林が広がっているほか、岩菅山から裏岩菅山にかけての稜線部に見られるお花畑には、ハクサンコザクラ等の高山植物が見られ、貴重な景観要素を有しています。岩菅山の東側斜面では、頻繁に発生する雪崩に起因する低木群落が見られ、高山帯と合わせてジョウシュウオニアザミ、ホソバコゴメグサ等の分布範囲の極めて狭い草本類の生育地となっています。
岩菅山の北西斜面の崖地には、本地域では珍しいイチョウシダ等の希少な石灰岩植物が見られ、多様性に富んだ植物相が認められます。
その他、本地域で特筆すべきものとして、志賀山周辺の地域における高層湿原が挙げられます。火山活動により無数の凹地が形成されたことで大小様々な池及び高層湿原が形成されており、いずれも貴重な湿生植物が生育しています。特に、北ドブ湿原には分布が南限に当たるチシマウスバスミレ、オオバタチツボスミレの2種が生育しており、植物地理学上も極めて重要です。
(3) 野生動物
本地域周辺では、オコジョやツキノワグマ、カモシカといった哺乳類から、森林性鳥類、河川や湖沼に生息する両生類・爬虫類や魚類、昆虫類等まで、複雑な山岳環境下に多種多様な生物の生息が見られます。特に、国内希少野生動植物種に指定されているイヌワシは、本地域内に複数個体の生息が確認されており、本地域の豊かな自然環境の指標となっています。
また、雑魚川及び魚野川源流域に生息する在来イワナ個体群は、志賀高原漁業協同組合の長年の保全活動により、現在でも流域単位の遺伝的固有性を保持しています。
岩菅山の高山帯及び雪崩草地、魚野川源流域のブナ林内のギャップ等に成立する草地は、ベニヒカゲ等の高山性蝶類、オオゴマシジミ等の希少なシジミ類の生息地となっています。
(4) 自然現象
本地域周辺では、火山及び気象、水象に関する特徴的な自然現象が見られます。本地域の南西部に位置する地獄谷温泉は角間川の河床から湧出し、北東境界付近に位置する切明温泉は魚野川と雑魚川の合流地点付近の河床から湧出しています。また、渋の地獄谷噴泉は、国の天然記念物の指定を受けています。
本地域は標高が高く、厳冬期には気温が日中でも氷点下となるため、標高の高い場所に生育する主として落葉広葉樹の枝に霧氷が形成されやすい特徴があります。樹氷については、厳冬期にオオシラビソに過冷却の水滴が当たることで形成されますが、本地域では横手山山頂付近で特に樹氷が観察されます。
また、湧水については、切り立った溶岩の急崖等から亀裂を介して起こるほか、溶岩端部等でも見られます。特に、潤満滝脇の湧水を導水する省打名水公園内や大沼池入口付近の清水名水公園内等は、地元においても湧水を得られる場所として良く知られ、湧き出た沢水などは志賀高原内の飲料水になっています。さらに、今も数多くの灌漑用水路が残り、麓の農業用水や山ノ内町全体の飲料水として利用されています。
(5) 文化景観その他の特殊景観
国指定の天然記念物として、志賀高原石の湯のゲンジボタル生息地と渋の地獄谷噴泉が指定されています。建築物は本地域内での指定はありませんが、志賀高原の麓に位置する湯田 中渋温泉地(公園区域外)の複数の旅館が有形文化財として登録されています。
旧志賀高原ホテル(現志賀高原歴史記念館)は文化財等の指定は受けていませんが、日本最初のスキー用本格的ホテルとしてドイツ人の指導で建てられたもので、大暖炉、ステンド グラス等は昭和初期の和洋を調和させた建造物として優れており、志賀高原の歴史を知る上でも重要です。
2. 利用の現況
本地域の利用者数は、「平成 30 年観光地利用者統計調査結果(長野県)」によると、平成 30年(2018) は 2,196,300 人であり、このうち7月から8月にかけての利用者数は 631,900 人でした。また、「平成 30–31 年スキー・スケート場の利用者統計調査結果(長野県)」によると、平成 30 年から 31 年にかけてのスキー場の利用者数は 947,000 人であり、北信地域にお ける利用者数の約4割を占めています。
夏季の利用者数は冬季のスキー場の利用者数ほど多くはないものの、湿原周辺のトレッキング、登山、林間学校などが行われており、本地域の自然資源を活かした利用形態が多く取られています。
本地域はこれまで主流であった団体スキーや団体旅行という観光形態から、より魅力的で滞在日数の多い、様々なアクティビティを楽しむことができる旅行形態への変化を模索しており、特に夏季におけるスキー場利用や様々な湖沼におけるアクティビティ利用が計画されつつあります。また、これまで遊漁が主であった雑魚川等においても、カヤックやキャニオニング等の新たな取組が行われるようになってきています。